カラフル7



 隣りのマンションと向こうのビルの隙間から、大輪の花の一部だけが見える。

 そういえば今日だったか。

 近くの河原で毎年行われている花火大会を、有夏は一度も見に行ったことがない。

 大抵は幾ヶ瀬が仕事だし、たまたま休日にかち合って彼が行きたいと誘ってきても、熱いのが苦手な有夏はのらりくらりと躱していたのだ。

 ──少しだけ見えるよ。一緒に見ようよ、有夏。

 こうやってバルコニーからビルの隙間を覗いて、はしゃいでいた幾ヶ瀬の様子を思い出す。

 ──乙女かよ。

 その時はゴロゴロしながらゲームをしていたっけ。
 生返事をしたあげく悪態をついた記憶がある。

 その時の幾ヶ瀬と同じ体勢で花火を見ていることに気付いて、有夏は苦笑した。

「なにが一緒に見ようよだよ。ヤツは有夏の彼女かっての」

 そのまま花火が終わるまで1時間程あったろうか。

 有夏はバルコニーを離れなかった。

 最後にパーティとばかりに何発も同時に打ち上げて、夜空は華やかに染まる。

 その色が静かに闇の中に落ちていっても、彼はしばらくそこを動かない。

 黒い空に光を探すかのように、じっと佇んでいる。

 やがて、暗かったビルの窓にひとつひとつ白い明かりが灯りはじめた。

 よろよろと部屋に戻り、しかし窓を閉める気にはならない。

 夏の夜には珍しく、心地良い風が入ってくる。

 花火の残り香をそこに見付けて、有夏は窓辺に座りこんだ。

 灯かりをつけて、夕食をとって、それからゲームの続きをしよう──そう思うのに、電気をつける気にもならない。

 腹のあたりがスウッと冷えるのを感じる。

 幾ヶ瀬は今頃何をしているのだろうかと考えた時、有夏は思い至った。
 何か大事なことを忘れている気がすると。

「何だっけ……」

 昨日の夜から幾ヶ瀬がしつこく何事かを言っていたような。

 彼の言うことは大概聞き流すクセがついているので、いつものように生返事をしたと思う。

「まぁいっか」

 風が心地良い。

 薄闇に包まれ、1人のベッドで有夏は目を閉じる。
 静かに地面に引き込まれる感覚。

 寝るならベッドに行かなきゃ。
 それよりお腹がすいてきた……そんな思いもすぐに眠りの中へ消えてしまう。

 幾ヶ瀬が帰ってくるのは明日だ。
 顔を見たらこう言ってやろうか。

 ──有夏も幾ヶ瀬のことが好きだよ、と。

     ※

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