かきまぜる行為1




「かきまぜてっ!」

 浴室の扉が開くなり、幾ヶ瀬がそう叫んだ。

「あぁ?」

 いまいち意図が伝わっていないと悟ったか、髪から水滴を滴らせ、腰にタオルを巻いたままの姿で狭いキッチンに飛び込んでくる。

 お玉を持ってコンロの前に立ち尽くす有夏が、顔をしかめて振り返った。

「有夏、鍋みててって言ったでしょ」

 細い身体を押し退けるようにしてガスを切ると、お玉を奪い取る。

「底が焦げてる。せっかくのシチューが台無し……。有夏が食べたいって言うからつくったのに」

 恨みがましい視線に有夏は唇を尖らせる。

「幾ヶ瀬、見ててって言ったじゃねぇの。有夏、ちゃんと見てたよ?」

「ボーっと突っ立ってただ眺めてたのを、見てたとは言わないよ! そんなの、子どもの言い訳!」

「あぅ……」

 いいかげん夜も遅いのだが。
 職業柄か、幾ヶ瀬は料理のこととなると少々エキサイトする。

「あとちょっと温めるだけだったのに。いい、有夏? 水はサラサラだから放っておいてもいいけど、シチューみたいに粘度のあるものは鍋底にくっ付くんだよ。それが焦げちゃうから、時々かき混ぜて中身を動かしてやらないと」

「なべぞこ……」

 その理屈がすでに理解できない様子で、有夏はムスッとしたまま突っ立っている。

「有夏、ちゃんと見ててって言ったのは単に鍋を見つめることじゃないんだよ? そんなの居ても居なくても一緒だよね? まぁ途中で風呂に入った俺も悪いんだけど。でも、それは有夏が見ててくれるって言うから」

 ちょっと香ばしい感じではあるけど、まぁいけるかと呟く幾ヶ瀬。

 珍しくしつこく怒られた有夏は俯いてしまっている。






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