「あ、有夏? ごめん、言い過ぎた。でも有夏が見てるって……」
「幾ヶ瀬しつこい。そんなに言わなくても有夏、自分で分かってるし」
「有夏?」
「料理できないし、片付けもできないし、掃除もできないし……」
「もしもし、有夏さん?」
できないことはまだまだあるとばかりに、指を折って数えている様子。
「洗濯もしたくないし、できればダラダラ暮らしていたいし、永遠にゲームしてたいし……」
それから有夏は突然、顔をあげた。
「幾ヶ瀬は有夏のどこがそんなにいいんだよ。やっぱ顔?」
「やっぱ顔って聞いちゃう、そのふてぶてしい所は結構好きだけどね」
苦笑するしかないといった様子で、幾ヶ瀬は最後にもう一度鍋をかき回した。
そんな彼の風呂上がりの首筋に、有夏の腕が回される。
「有夏のナカは?」
「えっ?」
動揺からお玉を鍋の中に落とした幾ヶ瀬を、笑みを浮かべて見上げる。
「有夏のナカも、かき混ぜたい?」
「い、いいの?」
例のネカフェ騒動以来、少しでも触れようものなら拒まれ、殴られるという罰を被っている幾ヶ瀬は、これだけで腰に巻いたタオルが落ち着かなく揺れる有り様。
上ずった声で「本当にいいの?」なんて繰り返す様は、ちょっと情けないものがある。
「どうかなー。そこまで期待されるとなー」
有夏の唇の端が吊り上がる。
「幾ヶ瀬ぇ……」
甘えた声。
餌に吸い寄せられる犬のように幾ヶ瀬の顔が近付いて来る。
荒い呼吸を近くで感じて、有夏は勝ち誇ったように頬を紅潮させた。
唇が触れる──その一瞬前。
「残念ながら腹がへったな」
有夏は身体を引いた。
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