かきまぜる行為3





 面食らった様子で幾ヶ瀬はキスする手前の呆けた表情のまま、目の前の綺麗な顔を見つめる。


 目元をほんのり赤く染めて、口角を完璧な角度で上げて。

 意地の悪い、実に楽しそうな顔をして。

 有夏は未だにネットカフェの一件を引きずっているようだ。


 ささやかな復讐を積み重ねていくうちに、幾ヶ瀬を苛めることが楽しくなってしまったらしい。


「有夏、頼むよ……」


「は?」


 幾ヶ瀬の声は切羽詰まっていて、さすがに辛そうに聞こえた。


 有夏のニヤニヤは治まらない。


「有夏、俺……こんなに尽くしてるんだから。せめてキスだけ……」


 今度は逃げないように肩をつかんで、再び顔を寄せる。


「腹ぁ? へってんだけど?」


「……ちょっとだけ」


 熱い息が唇に触れる寸前、有夏がボソッと呟いた。


「マンガ読みたい。ネカフェ行きたいけど……もうムリだよな。誰かが大暴れしたせいで」


「……うっ」


 カクッと幾ヶ瀬の背中から力が抜ける。


「別のネカフェに行こうにも遠いし。電車に乗らなきゃなんねぇし」


 ブツブツ言っては、ちらりと幾ヶ瀬に楽し気な視線をくれる。


 無邪気から来るものだと分かるが、要は自分に夢中な男を振り回して遊んでいるのだ。


 幾ヶ瀬にとっては一週間近く繰り返されてきたこのテのやり取りは、最早拷問に等しい。


「頼むよ、有夏。機嫌直してよ。あの時読めなかったって言ってたブリーチなら全巻買ってあげたじゃない」


 まさかあんなに巻数出てたとは。思わぬ出費だ。ああ、有夏の部屋がまた狭くなっていく……。





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