おやくそく(8)【完】

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 目の前で有夏が大きな目を見開いていた。


 頬が見る間に赤く染まり、これは紛うことなき怒りの表情だと悟った幾ヶ瀬はこめかみが引きつるのを自覚する。


「ご、ごめんってば! 冗談だってば! 有夏がこんなに怒ってくれるなんて、俺……ア痛ァぃぃ!」


 二度目、三度目の平手打ちに、のけぞる幾ヶ瀬。

 その眼前で、有夏はクイッと大げさに首を傾げた。


 目を大きく開き、口角はニイッと吊り上がる。

 顔立ちが整っているだけに、怖い…。


「怒ってんよ、そりゃ。分かってんなら死ねよ、幾ヶ瀬」


「や、やだよ。死なないよ…。てか、死ぬならその前にもっかいちゃんとキスしよ?」


「はぁ? ヤだよ。歯ァ痛ぇわ……って幾ヶ瀬?」


 前歯の痛みが消えたわけではないけれど。

 幾ヶ瀬が寄せた唇に、有夏はパクッと食らいついた。


 下唇を吸うと、どちらからともなく舌を絡め合う。

 漏れる吐息をも呑み込んで口内を侵し合ううち、すべての感情は飛んでいた。


「おやくそく」完

37「春の嵐」につづく

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